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Lettre de Paris

「パリからの手紙」では、さまざまな角度からパリ「衣・食・住」情報を毎月5日に、
ラボラトワールからスタッフやクリストフ・フェルデール氏との開発秘話などの情報は毎月20日に、
あわせて月2回お届けする予定です。

川

行く河の流れは絶えずして

新たな年を迎えて、パリの原点に戻ってみました。そう、世界的にあまりにも知られたラ・セーヌla Seine、つまりセーヌ川です。セーヌ川の中州のシテ島からパリは発達したのであり、現在、セーヌ川の一部はユネスコの世界遺産に指定されています。イギリス海峡のセーヌ湾に注ぐ観光客を乗せた遊覧船や公共交通機関としての水上バスが走っていると同時に、いまでも砂や木材を運ぶための重要な水上輸送路としても使われています。さらに、シテ島にそびえるノートルダム大聖堂はパリのゼロkm、つまりパリから各地への距離を表す起点。ノートルダム大聖堂の正面の石畳には、ポワン・ゼロpoint zéro、つまりゼロ・ポイントを示す丸いプレートがはめ込まれています。

セーヌ川を襲った不幸といえば、1910年1月28日の大洪水。ちょうど100年前のことです。パリでは水位が最大8.62mに達し、2万戸が浸水、水がひくまで35日間かかったそう。オルセー美術館にも近いベルシャス通りの建物の入り口には、当時の水位を示す線が記されていました。最近では2001年、水位が5.21mまで上がりましたが、水位3.2mを超えると洪水注意報が発令され、セーヌ河岸の道路は封鎖されます。1910年の大洪水から1世紀を経た今年は、パリ市内で写真展など関連行事も予定されています。

そういえば、フランスを代表する俳優で歌手であるイヴ・モンタンが、1964年に発表した『パリでÀ Paris』という歌のなかでは、セーヌ川を訪れるさまざまな人が歌われています。

「セーヌには、どんな時間にも訪問客がいる。互いに見つめ合っている恋人たちだ」「セーヌ河岸を宿にして、毎日洗濯をしている人もいる」「セーヌは、小粋な小船が、流れの上を散歩するのを見るのが好きなのだ」

セーヌ川で洗濯をする人はいなくなったとはいえ、ペニッシュpénicheと呼ばれる平底船を改造して、セーヌ川の上で暮らしている人は、いまも少なくありません。そう考えると、セーヌ川が見つめてきたパリの風景は、昔も今も、あまり変わらないのかもしれませんね。さすがに100年前のように水びたしになったパリの姿だけは、セーヌ川も見たくないはずですが…。

※ 以下のサイト「セーヌ1910」では、当時の写真を見ることができます。
http://www.crue1910.fr/

(文・三富千秋/フランス パリ在住)

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